
「マリー・エレンマークの25年」
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さて、この写真集はインドのサーカス団の写真で知られているマリー・エリンマークの25年をまとめたものである。マリアンヌ・ファルトンのマリーへのインタビューと写真を構成して25年間の仕事を紹介している。
マリーは日本で宝島社の前身、JICC出版からインディアンサーカスの写真集を出しているのであるが、代表的な仕事としては紹介されるのは、やはり表紙写真のようにインドのサーカス団についての写真や記述が多い。
とはいえ、彼女のフォトジャーナリストとしての仕事はそれだけではない。つねにホームレスや売春など貧困と弱者に目を向け、社会的な問題をモノクローム写真を使って取り組んでいる。1940年生まれというから、今年で69歳になるが元気にニューヨークで仕事をしている。
マリアンヌ・フルトンのインタビューは、マリーの写真に写る人々に向ける眼差しがどこからくるのかを教えてくれる。
同じ写真を撮る者として、被写体に向かう深い理解とその姿勢に驚かされたのである。
「増山たづ子写真集は凄い」
写す側と写される側の距離が全くない写真というものがあるとすれば、この写真集以外に無い。それほど被写体となった人々に警戒感や緊張感は無い。
というのも増山さんは同じ村に住む隣人だからである。写っている人たちはみんな顔見知りのご近所さんである。しかし、どの写真を見ても素晴らしい瞬間を捉えていて、ただ写真好きのおばあちゃんが撮った写真とは思えない。
増山さんは写真を撮り始めた動機を語っている。
「主人が戦争から帰ってこないのでずっと待っていたら、村がダムに沈むことになってしまった。だから主人が戻ってきた時に、村の様子を見せるために写真で残そうと思った」
ウーン、素晴らしい写真の理由は愛だったのか。
主人でなくともこの写真を見せられたら涙が出ます。
コニカはこの写真を買い取ってコレクションすべきだね。間違いなくピッカリコニカを使って撮った写真の傑作だからね。
「中山岩太」
日本ではドキュメンタリー写真が人気である。しかし、いわゆるアート系の写真は、なかなか理解されない時期が続いていた。日本でアート系の写真が育たなかった理由はいろいろあるといわれている。
その理由の元となるのは、軍国主義が関係している。つまり、戦前にはアート系写真の優秀な写真作家がいたにもかかわらず、アート写真の流れがその時代で途切れてしまったのは、戦争でリアリティーを求める写真が求められたからだ、という説である。
確かにすっぽりとその時代からアート系写真家は抜けている。
でも戦前の日本人写真家の作品を見てみると、驚くほどレベルが高い。良い流れがあったのにも関わらず、時代の雰囲気で消えてしまったアート写真は実に残念だ。この写真集の中山岩太も印象的な作品がたくさんあった。